| プ ロ フィ ー ル | |
| 1972年 | 京都で日本初の本格派ブルースバンドウエスト・ロード・ブルースバンドに参加、以後関西のブルース、ソウルブームを上田正樹とサウストゥサウス、ソー・バッド・レヴュー、ブレイク・ダウン、憂歌団、ウィーピング・ハープ・セノオと共に関西から全国に広がったブルースブームを支え、同年9月にはB・Bキング大阪公演のオープニング・アクトを務め、その後、本場数々のブルースマンとの共演、セッションを行い活躍する。 |
| 1973年 | 幻の自主制作盤<Live At Magazine 1/2>の録音に参加 |
| 1974年 | <8.8ROCK DAY> DAY に参加、以後同イベントの顔として、’79年のイベントまで参加し活躍する。 |
| 1975年 | <BLUES POWER>,<WEST ROAD LIVE IN KYOTO>の名盤2枚を徳間ジャパン(バーボンレコード)より発表。 日本にブルースが定着したことを決定させた名盤として知られるかならず紹介される程のアルバム!同年カナダツアーをおこなう。(当時の日本での音楽界の状況を考えればとてもすごいことである) |
| 1976年 | ウエスト・ロード・ブルース・バンドが解散、永井隆、小堀正、吾妻光良と新バンドチエインギャングを結成、以後独自の音楽を追求、活動を展開する。 |
| 1979年 | 石田長生、藤井裕、中西康晴らと結成したGASでランディ・クロフォードのサポートメンバーとしてCRUSADERSと共に全国ツアーに参加、以後ランディ・クロフォードの単独日本公演に参加、各地で好評を得る。 |
| 1980年 | 上田正樹のバンドに参加、以後は日本及び海外のメジャーミュージシャンのツアー、レコーディングに精力的に活動。 |
| 1983年 | ウエスト・ロード・ブルース・バンドが7年ぶりに突如復活、サードアルバム<ジャンクション>をビクター(インビテーション)より発表 |
| 1991年 | Blues Kid Nyudow &
Friendsのメンバーとしてライブレコーディングをおこなう。 日本を代表する本格的ブルースプレイヤーが揃ったそのメンバーは入道(ヴォーカル&ハープ)、服田洋一郎(ギター)、岡雄三(ベース)、有吉須美人(ピアノ)、後日<Real Blues Meeting>のタイトルでUK Projectから発売された。 ※'99年発売のブルース&ソウルマガジンで日本を代表する1枚として紹介された。 |
| 1992年 | 日比谷野音でおこなわれたイベント、エンドレス・ブギにウエスト・ロード・ブルース・バンドで参加、他の主な出演者は有山じゅんじ(ギター&ヴォーカル)、リクオ(ピアノ)、妹尾隆一郎(ハープ)、石田長生(ギター&ヴォーカル)、三宅伸二(ギター&ヴォーカル)、早川岳晴(ベース)、近藤房ノ助(ギター&ヴォーカル)、小島良喜(ピアノ)、藤井裕(ベース)、正木五郎(ドラムス)、鮎川誠(ギター&ヴォーカル)、シーナ(ヴォーカル)、ジョニー吉長(ドラムス)、ロミー木下(ベース)、金子マリ(ヴォーカル)、佐山雅弘(ピアノ)、野村義男(ギター)、ムッシュかまやつ(ギター)の豪華メンバーと出演日本のロック、ブルースを広める(後日WOWOWで放送された。) |
| 1993年 | <金子マリ>(exスモーキーメディスン、バックスバニーバンド、ザ・ヴォイス・アンド・リズム)、藤井裕(ex上田正樹とサウス・トゥ・サウス、ザ・ヴォイス・アンド・リズム)井上ケンイチ(ex久保田真琴と夕焼け楽団、サンディ&サンセッツ、海の幸)、佐山雅弘(途中からロケット・マツに交代する)と共にMAMAを結成、ライヴ活動を開始する。オムニバス盤<江戸屋百歌撰 酉 1993>に2曲参加、江戸屋レコードより発売。 日比谷野音<EDOYA ’93 ROCK FES>において、宮原学、B・B&The ScreamingBuddaheads(FROM LA)、ピンク・クラウドと出演、MAMAとして参加する。ライヴオムニバス盤として後日、CD、ビデオが江戸屋レコードから発売される。 |
| 1994年 | MAMAでファースト・アルバム<wie pie>を江戸屋レコードより発表 |
| 1995年 | ウエスト・ロード・ブルース・バンドのオリジナルメンバーが、アメリカのニューヨークにおいて突如復活!ライヴレコーディングを行なう。 |
| 1996年 | そのライヴCD<LIVE IN NEW YORK>をZAINより発表、金子マリと共にHardDrive&Bluesを結成、トリヴュート盤<KUROちゃんを歌う>に1曲参加、MIDIレコードより発売される。 |
| 1999年 | 昔からの仲間である石田長生(exソー・バッド・レヴュー、ザ・ヴォイス・アンド・リズム、現在BAHOで活躍中)、藤井裕(忌野清志郎LSR,ラフィー・タフィー)と共にロックバンドおかえりなさい横井さんを結成 |
| 2000年 | ブルース・ファイル・NO1に正式加入、本格的に活動する。 カナダ出身のロビン・スーチー率いるハウリン・ルーチー・ブラザースのファーストアルバムに参加する。 |
| 2001年 | 日比谷野音でジミ・ヘンドリックストリビュートコンサートで森園勝敏のサポートメンバーで大西真(ベース)、永井隆(ヴォーカル)、金子マリ(ヴォーカル)と出演、CHAR、鈴木茂、アル・ディメオラ、樹音と出演、後日TV朝日系列で放送された。 |
| 2002年 | おかえりなさい横井さんで東京、大阪、名古屋、松坂ツアーを敢行,各地で好評を得る。 |
参加、共演作品は数多く特に代表的なところでは、忌野清志郎、鳴瀬喜博、三上寛、西岡恭蔵、森園勝利、ローリー・ベル、ハイタイド・ハリス、ロイ・ゲインズ、のアルバムレコーディングに参加、そしてステージ共演を希望するミュージシャンは、日本人、外国人を問わずに依頼多数である。
ブルース・ファイル・NO1に参加してからはその実力が更に本領を発揮したのではと思うドラムプレイは最高で、ウッドベースの荒巻茂生とのからみは特に最高!また本人がヴォーカルをとることもめったにみられないのでこのバンドでその甘い歌声を聴いてしまってファンになる方々も数多くステージ終了後の拍手が荒巻茂生同様多いのもうなずけるはず。
一番印象にあるほめ言葉でギタリストの塩次伸二がステージで紹介した「日本で最高のブルースドラマーや!」はまさにその一言につきる。